役目を終えた四国の名車たちが、廃車後に別の形で再利用されている物件を紹介します。
車両の保存では無く、再利用なので、大きく形を変えている事が多いのですが、鉄屑にならず形を留めた利用なので幸運な車両ではないでしょうか。
キユ25 1 → レストラン「でんぷん」
キユ25は郵政省所有の私有郵便車で、気動車としては唯一の全室郵便車でした。製造はすべて新潟鐵工所です。1964年製のキユ25 1・2は長大編成対応車、1971年製のキユ25 3・4はモデルチェンジ車に相当します。全車が高松運転所に配置されて生涯四国地区で運用されましたが、鉄道郵便業務の廃止に伴い1986年6月6日に全車廃車されました。廃車後は、4両全車払い下げられましたが、現存(2020年現在)するのは今回紹介するキユ25 1のみです。キユ25 1は売却後、現在地に移動し、当初は全くそのままの形で置かれていましたが、その後改装されレストランとなりました。いくつか店舗が変わったようですが、現在は洋食店「でんぷん」として営業しています。管理人はまだこの店で食事をしたことが無いのですが、噂によると、とてもおいしい食事が頂けるレストランとのことです。廃車後、極めて年数が経過するにも関わらず現在まで現存する最大の理由ですね。
奇跡的に残るキユ25を利用したレストラン。大きく改装され種車が分からない雰囲気。
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列車の運転席側を見ると、キハ58系であることは何とか分かる感じか?
皮肉にもスカートの無かったキユ25 1にキユ25 3, 4にあったスカート
状のものを廃車後に追設している。
アクセス:伊予鉄松山市駅より伊予鉄バス松山空港線で約26分高野バス停下車。徒歩1分
住所:愛媛県松山市高野町甲51-1
スユニ50 2058 → 高畠医院
スユニ50は1979年(昭和52年)から1982年(昭和57年)度にかけて80両が製造された郵便・荷物合造車です。製造コスト削減のため、台車や連結器は廃車となった旧型車から流用されています。1986年(昭和61年)に鉄道による郵便・荷物輸送が廃止となったため、ほとんどの車両が製造から10年も経たず廃車となりました。
スユニ50 2058も落成が1981年(昭和56年)8月で廃車が1987年(昭和62年)3月ですので、運行されたのは僅か5年程度です。スユニ50 2058は、四国内に配置され四国内で運用されていた車両です。
現在、スユニ50 2058は高松市の小児科医院で利用されています。医院の子供待合室やレントゲン室となっている様です。
スユニ50 2058は、医院の建物に隣接して配置、利用されています。
銘板はなぜか白地に赤色塗装。
種車は日車製の旧型車両。車体は国鉄幡生工場製。
車体はかなり原形を保って、利用されています。
アクセス:ことでん長尾線林道駅から徒歩10分
住所:香川県高松市木太町1813-1
オハフ50 180 → 高松卸センター 休憩所
オハフ50 180は、50系客車の緩急車オハフ50形で元々はご存じの通り赤色ですが、なぜか青色に塗り替えられています。この車両の製造は1979年(昭和54年)で、当初は熊本に配置されました。廃車は1989年(平成元年)で、最終配置区は高松です。新製から僅か10年程度で廃車となりました。
現在、オハフ50 180は、高松市の港湾地区で休憩所として利用されています。
アクセス:ことでんバス「卸センター」下車※平日のみ運行
住所:香川県高松市朝日新町15
四国における鉄道廃車両の利用