鉄道連絡船アクセス
国鉄 宇野線+宇高航路
当時、鉄道を利用した中国地方から四国への最も一般的なアクセスは、岡山で宇野線に乗換え、宇野から宇高連絡船によって高松に入るルートだった。高松駅では、宇高連絡船の接続を受けて、予讃本線の特急「しおかぜ」、急行「うわじま」「いよ」で宇和島、松山へ、土讃本線の特急「南風」、急行「あしずり」「土佐」で中村、高知へ、高徳本線の急行「むろと」「阿波」で海部、徳島へと繋いでいた。尚、宇野線は宇高連絡船に接続する形で毎時1本115系による快速列車が運転され、宇高航路は1時間ヘッドで深夜まで運航されていた。また、宇高航路急行便として、ホーバークラフトが運航されていた事が特筆される。
宇高連絡船 船舶施設
種別/船名 |
伊予丸 |
土佐丸 |
阿波丸 |
讃岐丸 |
建造造船所 |
日立 桜島 |
三菱 下関 |
三菱 下関 |
内海 瀬戸田 |
竣工年月日 |
S41.1.30 |
S41.3.30 |
S42.9.14 |
S49.6.28 |
用途 |
旅客船兼鉄道車両渡船 |
航行区域 |
限定近海 |
総トン数 |
3,073.80 |
3,073.96 |
3,080.74 |
3087.73 |
純トン数 |
1,232.38 |
1,229.44 |
1,197.81 |
1,619.82 |
全長 |
89.40 |
89.40 |
89.40 |
89.41 |
垂線間長 m |
84.00 |
84.00 |
84.00 |
84.00 |
型幅 m |
15.80 |
15.80 |
15.80 |
15.80 |
型深さ m |
5.45 |
5.45 |
5.45 |
5.45 |
満載喫水 m |
3.70 |
3.70 |
3.70 |
3.75 |
長さ 国籍証書 |
84.50 |
84.50 |
84.50 |
84.38 |
幅 国籍証書 |
15.80 |
15.80 |
15.80 |
15.80 |
深さ 国籍証書 |
5.45 |
5.45 |
5.45 |
5.45 |
航海速力 ノット |
15.25 |
15.25 |
15.25 |
15.25 |
最大搭載旅客 名 |
2,350 |
2,350 |
2,350 |
2,350 |
最大搭載船員 名 |
42 |
42 |
42 |
34 |
最大搭載その他の者 名 |
15 |
15 |
15 |
22 |
旅客定員 グリーン
いす席 名 |
200 |
200 |
200 |
200 |
旅客定員 グリーン
立席 名 |
100 |
100 |
100 |
100 |
旅客定員 グリーン
計 名 |
300 |
300 |
300 |
300 |
旅客定員 普通
いす席 名 |
500 |
680 |
680 |
500 |
旅客定員 普通
座敷席 名 |
180 |
- |
- |
180 |
旅客定員 普通
立席 名 |
1,370 |
1,370 |
1,370 |
1,370 |
旅客定員 普通
計 名 |
2,050 |
2,050 |
2,050 |
2,050 |
車両軌条有効長
1番線 m |
82.090 |
82.035 |
82.016 |
82.130 |
車両軌条有効長
2番線 m |
57.393 |
57.325 |
57.103 |
57.760 |
車両軌条有効長
3番線 m |
82.090 |
82.035 |
82.026 |
82.140 |
搭載車数(ワム)
1番線 両 |
10 |
搭載車数(ワム)
2番線 両 |
7 |
搭載車数(ワム)
3番線 両 |
10 |
船舶 アクセス
本四架橋ができる前、船舶は四国と対岸の中国地方を結ぶ最もメジャーな交通機関であった。今では想像できない程、船便が充実していた。しかも、どの便も人で溢れていた。瀬戸内海が船で溢れていた。
(残念ながら特記している航路以外は2020年現在全て廃止され現存していない。)
宇高国道フェリー(宇野港ー高松港)
宇高国道フェリーがカーフェリーで宇野港と高松港を結んでいた。所要は1時間2分。終日運航で約20分毎の運航頻度を確保していた。圧巻である。運航船舶は、「南国とさ丸」「たかまつ丸」(1,019総トン)、「だいせん丸」(1,481総トン)、「おかやま丸」「かがわ丸」(1,139総トン)、「こくどう丸」「うたか丸」(1,000総トン)、「こうらく丸」(1,940総トン)の計8船による配船であった。
値段例 宇野港―高松港 2等利用時 370円
こくどう丸(初代)
竣工 1979年12月
就航 1979年12月
建造所 讃岐造船鉄工所
要目
総トン数 999.6 トン
全長 76.7 m
幅 14.8 m
機関方式 ディーゼル
推進器 2軸
出力 3,200馬力
速力 14.5ノット (最大15.9ノット)
旅客定員 720名
車両搭載 乗用車74台、トラック(8t換算)29台

高松市内に残る宇高国道フェリーの案内板(2020年撮影)
当時、高松港は日本一の出入港数を誇っていた。

宇高国道フェリーの桟橋が残る宇野港(2019年撮影)

宇高国道フェリーの桟橋が残る宇野港(2019年撮影)
四国フェリー(宇野港ー高松港)
四国フェリーがカーフェリーで宇野港と高松港を結んでいた。所要は1時間。終日運航で約30分毎の運航頻度を確保していた。圧巻である。運航船舶は、「第七十一玉高丸」「第七十二玉高丸」「第七十五玉高丸」「第七十七玉高丸」「第七十八玉高丸」(642総トン)の計5船による配船であった。
(宇野ー高松航路では最後まで残った海運会社だったが、2019年12月に宇高航路から撤退し、宇高航路は消滅した。)
値段例 宇野港―高松港 2等利用時 370円
第七十一玉高丸
竣工 1977年
就航 1977年
建造所 四国ドック
要目
総トン数 642 トン
全長 60.1 m
幅 14.0 m
機関方式 ディーゼル
推進器 2軸
出力 2,000馬力
速力 12.0ノット (最大14.8ノット)
旅客定員 480名
車両搭載 トラック(8t換算)22台
本四フェリー(宇野港ー高松港)
1959年に開設し、日本通運と提携の上、「日通フェリー」として運航していた。競合する宇高国道フェリー、四国フェリーが当初から徒歩客の利用も認めていたのに対し、後年まで車なしの徒歩客は利用できなかった。1984年6月に日本通運から航路の免許を引継ぎ自社の運航となり、「本四フェリー」の名称に改められた。所要は1時間15分。終日運航で約40分毎の運航頻度を確保していた。運航船舶は、「第三日通丸」(199総トン)、「第五日通丸」(382総トン)、「第八日通丸」(591総トン)、「第十一日通丸」(628総トン)、「第十三日通丸」(630総トン)、「第十五日通丸」(693総トン)の計6船による配船であった。
値段例 宇野港―高松港 2等旅客利用 車との乗船に限る。
第十五日通丸
竣工 1982年
就航 1982年
建造所 西大寺造船所
要目
総トン数 693.43 トン
機関方式 ディーゼル
旅客定員 280名
車両搭載 トラック(8t換算)30台
関西急行フェリー(下津井港ー本島ー丸亀港)
関西急行フェリーがカーフェリーで下津井港と丸亀港を結んでいた。所要は50分~65分。約60分毎の運航頻度を確保していた。早朝、深夜便があるが終日運航では無い。運航船舶は、「しもつい」「まるがめ」の計2船による配船であった。児島ー下津井間には、日本最後の軽便鉄道である下津井電鉄が連絡していた。また丸亀港は丸亀駅から1.5
km(徒歩15分)である。
値段例 下津井港―丸亀港 2等旅客利用 630円
水島丸亀高速フェリー(水島港ー丸亀港)
三洋汽船がカーフェリーで水島港と丸亀港を結んでいた。所要は約70分。終日運航で約40~80分毎の運航頻度を確保していた。運航船舶は、700トン級の「三洋丸」「瀬戸丸」「新備讃丸」「新丸亀丸」「新倉敷丸」の計5船による配船であった。倉敷ー水島港間には、倉敷市交通局によるバスが連絡していた。また丸亀港は丸亀駅から1.5
km(徒歩15分)である。
値段例 水島港―丸亀港 2等旅客利用 850円
福山・多度津フェリー(福山港ー多度津港)
瀬戸内海汽船がカーフェリーで福山港と多度津港を結んでいた。所要は1時間45分。約80分毎の運航頻度を確保していた。早朝、深夜便があるが終日運航では無い。運航船舶は、「芦田川」「吉野川」「さぬき」「ことひら」の計4船による配船であった。福山駅ー福山港間は、バスで約25分の連絡。また多度津港は多度津駅から徒歩20分である。
値段例 福山港―多度津港 2等旅客利用 1,300円
芦田川
竣工 1979年7月
建造所 神田造船所
要目
総トン数 695 トン
全長 63.2 m
幅 12.0 m
型深 4.1 m
機関方式 ディーゼル
推進器 2軸
出力 1,600馬力 x 2基
速力 15.0ノット
旅客定員 279名
同型船 吉野川

多度津港に福山・多度津フェリーの桟橋が今も残る。(2020年撮影)

福山・多度津フェリーの可動橋も残る。ただし、コンクリートで囲われ使用はできない。
(2020年撮影)

多度津港の福山・多度津フェリーの可動橋(2020年撮影)

多度津港の福山・多度津フェリーの桟橋(2020年撮影)

多度津港の福山・多度津フェリーの可動橋(2020年撮影)
三洋汽船(福山港ー白石島ー丸亀港)
三洋汽船が高速船で福山港ー白石島ー多度津港を結んでいた。1日4往復の設定で所要は1時間10分。運航船舶は、「にゅうしらいし」の1船による配船であった。本四連絡というよりは、白石島へのアクセスがメインの目的だったと思われる。
値段例 福山港―丸亀港 3,100円
にゅうしらいし
竣工 1985年8月
建造所 瀬戸内クラフト
要目
総トン数 72 トン
旅客定員 240名
石崎汽船(尾道港ー瀬戸田港ー宮浦港ー松山観光港)
石崎汽船が水中翼船で尾道港ー生口島瀬戸田港ー大三島宮浦港ー松山観光港を結んでいた。1日5往復の設定で、所要は1時間25分。運航船舶は、日立造船神奈川建造のPT-20「金星」「明星」「降星」の2船利用であった。尚、瀬戸田港への寄港は1日1往復だけであった。
値段例 尾道港―松山観光港 4,800円
金星
竣工 1966年8月
建造所 日立造船 神奈川
要目
総トン数 63.75 トン
全長 19.35 m
幅 7.5 m
最高速力 35.0 ノット
旅客定員 68名
瀬戸内海汽船(尾道港ー瀬戸田港ー大三島ー今治港)
瀬戸内海汽船が高速船で尾道港ー生口島瀬戸田港ー大三島ー今治港を結んでいた。1日6往復の設定で、所要は1時間25分。運航船舶は、三保造船建造の高速船「さざなみ」「あさなみ」の2船による配船であった。
値段例 尾道港―今治港 3,180円
今治高速船(尾道港ー土生港ー今治港)
今治高速船が高速船で尾道港ー因島土生港ー今治港を結んでいた。1日8往復の設定で、所要は約1時間30分。運航船舶は、三保造船建造の高速船「第3かもめ」「第5かもめ」「第7ちどり」の3船による配船であった。
値段例 尾道港―今治港 3,180円
因島汽船、愛媛汽船(土生港ー今治港)
因島汽船、愛媛汽船がフェリーで因島土生港ー弓削島ー岩城島ー伯方島ー今治港を結んでいた。1日16往復の設定で、所要は約2時間10分。運航船舶は、愛媛汽船が二代目「第二愛媛」、二代目「第三愛媛」、「第十二愛媛」、「第十愛媛」、因島汽船は「第十二はぶ丸」、「第十五はぶ丸」の6船による配船であった。尚、1986年時点で因島大橋が開通しており、尾道ー土生港間には本四バス、尾道市営バスによる連絡バスが約20分毎設定されていた。
値段例 土生港―今治港 1,120円
瀬戸内海汽船、石崎汽船、昭和海運(三原港ー松山観光港)
瀬戸内海汽船、石崎汽船、昭和海運が水中翼船で三原港ー松山観光港を結んでいた。1日8~9往復の設定で、所要は1時間20分。運航船舶は、日立造船神奈川建造のPT-20で、瀬戸内海汽船の「ひびき」「ひびき三号」、石崎汽船の「金星」「明星」「降星」のいずれかによる2船利用であった。
値段例 三原港―松山観光港 4,800円
ひびき
竣工 1966年
建造所 日立造船 神奈川
要目
総トン数 63.75 トン
全長 19.35 m
幅 7.5 m
最高速力 37.5 ノット
今治・三原国道フェリー(三原港ー今治港)
昭和海運、瀬戸内海汽船がフェリーで三原港ー今治港を結んでいた。所要は1時間45分。1日18往復の設定で、約60分毎の運航頻度を確保していた。早朝、深夜便があるが終日運航では無い。運航船舶は、昭和海運の「フェリーいまばり」「フェリーみはら」、瀬戸内海汽船の「ひろしま」「くるしま」の計4船による配船であった。
値段例 三原港―今治港 1,270円
フェリーいまばり
竣工 1983年
建造所 藤原造船所
要目
総トン数 687トン
くるしま
竣工 1985年
建造所 神田造船所
要目
総トン数 699トン

フェリー用の可動橋がずらりと並ぶ今治港。本四架橋が完成した今は使う機会は稀。
(2020年撮影)

フェリー用の可動橋がずらりと並ぶ今治港。本四架橋が完成した今は使う機会は稀。
(2020年撮影)
三原・今治新幹線ライン(三原港ー今治港)
昭和海運、瀬戸内海汽船が高速船で三原港ー今治港を結んでいた。所要は1時間、1日18往復の設定で、約60分毎の運航頻度を確保していた。運航船舶は、昭和海運の「マリンホーク」「シーホーク2」、瀬戸内海汽船の「マリンホープ」「マリンスター2」「マリンスター3」の計5船による配船であった。一部の便は生口島瀬戸田港へ寄港していた。
値段例 三原港―今治港 2,880円
中・四国フェリー(竹原港ー宮浦港ー波方港)
竹原・波方間自動車航送船組合がフェリーで竹原港ー大三島宮浦港ー波方港を結んでいた。所要は1時間35分。1日21往復の設定で、早朝、深夜便があるが終日運航では無い。運航船舶は、「伊予」「安芸」「芸予」「三島」の計4船による配船であった。
値段例 三原港―今治港 2,880円
伊予
竣工 昭和50年7月
要目
総トン数 698.72 トン
機関方式 ディーゼル
推進器 2軸
出力 2,600馬力
速力 14 ノット
旅客定員 490名
同型船 安芸
車両搭載 乗用車46台、トラック(8t換算)19台
愛媛汽船(竹原港ー宮浦港ー今治港)
愛媛汽船が高速船で竹原港ー大三島宮浦港ー今治港を結んでいた。1日3往復の設定で、所要は約1時間1分。運航船舶は、三保造船建造の高速船「みしま3号」1船による配船であった。尚、同じく愛媛汽船により大崎上島(広島県)の木江港ー宮浦港ー今治港にフェリーが多数運航されていた。
値段例 竹原港―今治港 2,320円
山陽商船(仁方港ー今治港)
山陽商船が高速船で呉(仁方港)ー上蒲刈島ー大崎下島ー大崎上島ー今治港を結んでいた。1日4往復の設定で、所要は約1時間22分。運航船舶は、三保造船建造の高速船「第十はやぶさ」「第十一はやぶさ」2船による配船であった。
値段例 呉仁方港―今治港 2,980円
広島・今治高速船(広島宇品港ー今治港)
この航路は、1984年に当時水中翼船と純客船で宇品⇔今治間の島周り航路を運航していた瀬戸内海汽船と宇品⇔大崎下島の大長間を運行していた三友汽船が共同で設立した広島・今治高速船の運航していた航路である。1日5往復の設定で、所要は約2時間と数分。運航船舶は、三保造船建造の高速船「瀬戸」、「和加」の2船による配船であった。
値段例 広島宇品港―今治港 4,100円
呉・松山フェリー(呉 阿賀港ー堀江港)
呉・松山フェリーがフェリーで呉阿賀港ー松山堀江港を結んでいた。所要は1時間50分。1日16往復の設定で、早朝、深夜便があるが終日運航では無い。運航船舶は、「おんど丸」「あが丸」「どうご丸」「ほりえ丸」の計4船による配船であった。尚、本航路は昭和55年に既に廃止となっている国鉄連絡船 仁堀航路の競合航路だった。阿賀港は安芸阿賀駅から連絡バスがあった。堀江港は、予讃本線堀江駅から徒歩10分である。
値段例 呉阿賀港―堀江港 旅客 1,200円

堀江港から見る廃止直前の頃の呉・松山フェリー(2009年撮影)

廃止直前の頃の呉・松山フェリー「かめりあ2」堀江港にて(2009年撮影)

廃止直前の頃の呉・松山フェリー「かめりあ2」堀江港にて(2009年撮影)

廃止直前の頃の呉・松山フェリー「かめりあ2」堀江港にて(2009年撮影)

廃止直前の頃の呉・松山フェリー 堀江港にて(2009年撮影)
瀬戸内海汽船、石崎汽船(広島宇品港ー呉港ー松山観光港ー三津浜港)
瀬戸内海汽船、石崎汽船がフェリーで広島宇品港ー呉港ー松山観光港、三津浜港を結んでいた。所要は3時間。1日10往復の設定で、早朝、深夜便があるが終日運航では無い。運航船舶は、瀬戸内海汽船の「いしづち」「面河」、石崎汽船の「旭洋丸」「観洋丸」「晴洋丸」「恵洋丸」の計6船による配船であった。
(本航路は三津浜港への寄港は無くなったが現在も健在だ。(広島宇品港ー呉港ー松山観光港))
値段例 宇品港―三津浜港 旅客 1,800円
瀬戸内海汽船、石崎汽船(広島宇品港ー呉港ー松山観光港)
瀬戸内海汽船、石崎汽船が水中翼船で広島宇品港ー呉港ー松山観光港を結んでいた。所要は1時間。1日17往復の設定であった。運航船舶は、日立造船神奈川のPT-50で瀬戸内海汽船の「こんどる」「こんどる二号」「こんどる三号」、石崎汽船の「歓星」「彩星」「光星」の計6船のいずれかによる配船であった。
(本航路は水中翼船から高速船スーパージェットに変わったが現在も健在だ。(広島宇品港ー呉港ー松山観光港))
値段例 宇品港―三津浜港 旅客 4,800円
彩星
建造所 日立造船 神奈川
要目
総トン数 129総トン
全長 27.54 m
幅 5.84 m
深さ 3.56 m
旅客定員 126名
防予汽船(柳井港ー三津浜港)
防予汽船がフェリーで柳井港ー三津浜港を結んでいた。所要は2時間25分。1日21往復の設定で、終日運航である。運航船舶は、「土佐」「柳井」「高知」「萩」の計4船による配船であった。
(本航路は防予フェリーに経営が引き継がれ現在も健在だ。(柳井港ー三津浜港))
値段例 柳井港―三津浜港 2等旅客 1,950円
現在も防予フェリーが利用する三津浜港の桟橋(2019年撮影)
防予汽船(柳井港ー三津浜港)
防予汽船が水中翼船で柳井港ー三津浜港を結んでいた。所要は1時間。1日6往復の設定であった。運航船舶は、日立造船神奈川製PT-20「しぶき二号」「しぶき三号」の2船による配船であった。
値段例 柳井港―三津浜港 4,950円
防予汽船(岩国新港ー伊保田港ー三津浜港)
防予汽船がフェリーで岩国新港ー伊保田港ー三津浜港を結んでいた。所要は2時間25分~45分(伊保田寄港便)。1日6往復の設定であった。
値段例 岩国新港―三津浜港 2等旅客 1,950円
中国地方から 1986年(昭和61年)