別子銅山記念館は、愛媛県新居浜市の山根公園に隣接する博物館で、 元禄年間から約280年もの長きにわたって日本の貿易・産業を支え、現在の住友グループの礎となり1973年(昭和48年)にその幕を閉じた別子銅山の歴史や技術を後世に伝える博物館です。1975年(昭和50年)に住友グループ各社が共同で設立しました。
  別子銅山記念館の屋外には、かつて1977年(昭和52年)まで愛媛県新居浜市において別子銅山の鉱石輸送や旅客輸送を行っていた住友金属鉱山運営の鉱山鉄道で使用された車両が展示されています。この鉄道は、「別子鉱山鉄道」や「別子鉄道」とも呼ばれ、特に角石原駅 - 石ケ山丈駅間は「上部鉄道」、惣開駅 - 端出場駅間などは「下部鉄道」と呼ばれました。
 この住友別子鉱山鉄道は、伊予鉄道に続く愛媛県で2番目の鉄道(山岳鉱山鉄道としては日本初)として1893年(明治26年)に開業しました。主に別子銅山から採掘された銅鉱石を製錬所や港湾へと輸送する役割を担いましたが、1973年(昭和48年)の別子銅山閉山後、1977年(昭和52年)1月31日限りで廃止されました。



別子1号機関車:準鉄道記念物指定番号1、1963年(昭和38年)10月14日指定。



別子1号機関車。ドイツのクラウス社製である。



日本にまだほとんど鉄道が無かった時代に、愛媛県の伊予鉄道と別子銅山に蒸気機関車が
存在したのは、凄い事実だと言える。



1号の番号、住友マーク、クラウス社の銘板が輝く。



鉱山専用電気機関車ED104号:1950年電化の後に鉱石輸送のため日立製作所より部品を
購入し、別子事業所で組み立てた。自社製で208tを引っ張る。



別子銅山の端出場から国鉄新居浜駅、そして海沿いの新居浜港・惣開を連絡するために敷設された住友鉱山専用鉄道では、合計4両の20t電気機関車が使用されていた。うちED101~103までの3両は日立製作所から納入され、最後の1両であるED104は、日立製作所から部品の供与を受け、住友鉱山自身が組立てた。同型の機関車は、京福電鉄にもテキ521・522として納入され、現在でもえちぜん鉄道の除雪用として活躍している。



誇らしげな住友マーク!




かご電車:1938年から閉山の1972年まで東平から銅山峰嶺南の旧別子まで4kmの坑内の
人の輸送に使用。



坑内用車両で、とても小さな車両。鉱夫達が乗車していたのだろう。




0.7m3 小型ダンプカー:鉱石・操業用資材の輸送に利用。昭和27年頃からダンプカーが主力



大型四角鉱車:鉱石・操業用資材の輸送に利用。昭和初期から採用。



坑内牽引6tトロリー電車:第四通洞専用の鉱石と人の牽引電車。





入場料 無料

開館時間
9:00〜16:00
休館日:毎週月曜日・国民の祝日(祝日が日曜日と重なる場合は開館)、年末年始(12月29日~1月3日)と10月17日


アクセス
JR四国新居浜駅より瀬戸内運輸(バス)マイントピア別子行きで山根グランド下車。所要約10分















別子銅山記念館(住友別子鉱山鉄道)