国鉄時代の末期である昭和60年代は、列車削減や地方交通線の廃止など古き良き列車の面影が急速に姿を消した時代でした。国鉄の分割民営化を控え、着々と不良採算部門が整理された時代です。
 私が鉄道に興味を持ち、本格的に趣味活動を始めたのもこの頃です。私のふるさと四国で撮りためたなつかしの風景の一部を紹介したいと思います。




試運転 予讃本線 伊予市 1986年(昭和61年)撮影

昭和61年3月に予讃線の向井原ー内子間 (開通前の通称:内山線) が新たに開業した。上の写真は、キハ47+キハ20で組成された開業前試運転列車(運転区間:伊予市ー伊予大洲)である。希望者は、試運転列車に無料で乗車でき、一足早く新線を走破した。




急行「いよ」 予讃本線 松山 1986年(昭和61年)撮影

松山駅に停車中のキハ58系急行「いよ」。写真のキハ58 577は、団体臨時用として座席を新幹線0系の廃車発生品である転換腰掛に交換し、外部塗装もブルー系の斬新なデザインとなって、昭和60年頃に登場した。このタイプの塗装車両は1両だけだったので、見ることのできる確率は極めて低かった。この日は、多客増結として一般の急行列車に増結されていた。




急行「いよ」 予讃本線 新居浜 1986年(昭和61年)撮影

新居浜駅に到着したキハ58系急行「いよ」。この日はめずらしく先頭にキハ65が増結されていた。




普通 予讃本線 伊予上灘 1986年(昭和61年)撮影

予讃本線海線は、四国の中で最後まで非自動化路線として残っていた路線である。
DE10牽引の客車列車に、タブレット交換。いつまでも覚えておきたい光景である。












なつかしの国鉄風景 (四国2)