鉄道アクセス


国鉄 山陽新幹線+宇野線+宇高航路
 当時、鉄道を利用した関西から四国への最も一般的なアクセスは、新幹線を岡山で宇野線に乗換え、宇野から宇高連絡船によって高松に入るルートだった。高松駅では、宇高連絡船の接続を受けて、予讃本線の特急「しおかぜ」、急行「うわじま」「いよ」で宇和島、松山へ、土讃本線の特急「南風」、急行「あしずり」「土佐」で中村、高知へ、高徳本線の急行「むろと」「阿波」で海部、徳島へと繋いでいた。尚、宇野線は宇高連絡船に接続する形で毎時1本115系による快速列車が運転され、宇高航路は1時間ヘッドで深夜まで運航されていた。また、宇高航路急行便として、ホーバークラフトが運航されていた事が特筆される。





航空機 アクセス


全日本空輸、東亜国内航空
 本四架橋ができる前、航空機は四国と関西を速達するメジャーな交通機関であった。プロペラ機を中心に大阪伊丹空港から四国4県に相当数の便数が飛んでいた。他の交通機関と比べると料金は割高であったが、時間が無い中、ビジネスで四国を訪れる場合は極めて有用な交通手段であった。

伊丹ー松山  全日空  6往復(B767)
伊丹ー高知  全日空 17往復(YS11)
伊丹ー高知  東亜国  7往復(YS11)
伊丹ー徳島  東亜国 10往復(YS11)
伊丹ー高松  全日空 10往復(YS11)





船舶 アクセス

 本四架橋ができる前、船舶は四国と関西を結ぶ最もメジャーな交通機関であった。今では想像できない程、船便が充実していた。しかも、どの便も人で溢れていた。瀬戸内海が船で溢れていた。
(残念ながら特記している航路以外は2020年現在全て廃止され現存していない。)


関西汽船(大阪弁天埠頭・神戸中突堤ー坂手港ー高松港ー別府港)
 関西汽船がカーフェリーと客船で大阪弁天埠頭、神戸中突堤と小豆島の坂手港、高松港を結んでいた。所要はフェリーが5時間30分、客船が5時間50分。フェリーが1日1往復、客船も1日1往復の昼行ダイヤである。客船は夜行で別府方面へも足を延ばしていた。船舶はフェリーが「まや丸」(3,205総トン)、客船が「こばると丸」「あいぼり丸」(3,151総トン)の計3船による配船であった。

値段例 大阪弁天埠頭―高松港 2等利用時 2,300円


まや丸
起工 1970年
進水 1971年
竣工 1971年6月11日
就航 1971年6月15日
建造所 波止浜造船

要目
総トン数 3,205 トン
全長   89.4 m
幅    14.6 m
深さ   5.9 m
満載喫水 4.2 m
機関方式 ディーゼル
主機関  IHIピルスティク12PS-2V 2基
推進器  2軸
出力   8,400馬力
速力   19.5ノット
旅客定員 1,200名
車両搭載 乗用車60台



あいぼり丸
起工 1967年1月24日
進水 1967年5月10日
竣工 1967年8月7日
就航 1968年
建造所 三菱重工業 神戸造船所
運航終了 1992年8月

要目
総トン数 3,151 トン
載貨重量 446 DWT
全長   89.3 m
垂線間長 82.00 m
幅    13.40 m
型深さ  6.25 m
機関方式 ディーゼル
主機関  神戸発動機 8UET39/65C 2基
推進器  2軸
出力   7,000 PS
最大速力 21.5ノット
航海速力 19.5ノット
旅客定員 1,280名





関西汽船(大阪弁天埠頭・神戸中突堤ー今治港ー松山観光港ー別府港)
 関西汽船がカーフェリーで大阪弁天埠頭、神戸中突堤と今治港、松山観光港、別府港を結んでいた。フェリーが1日1往復、関西ー愛媛間を夜行、愛媛ー大分間を昼行で結んでいた。船舶は「くいーんふらわあ2」(6,815総トン)、「くるしま7」の計2船による配船であった。

値段例 大阪弁天埠頭―松山観光港 2等利用時 4,300円


くいーんふらわあ2
起工 1974年
進水 1974年12月
竣工 1975年
就航 1975年4月
建造所 林兼造船長崎工場

要目
総トン数 6,815 トン
全長   140.1 m
幅    18.5 m
深さ   7.0 m
機関方式 ディーゼル
主機関  三菱V6V 2基
推進器  可変ピッチプロペラ 2軸
最大出力 24,000馬力
定格出力 21,600馬力
航海速力 23.5ノット
旅客定員 1094名





ダイヤモンドフェリー(六甲アイランドフェリー埠頭ー松山観光港ー大分港)
 ダイヤモンドフェリーは、神戸六甲アイランドフェリー埠頭と松山観光港、大分港を結んでいた。フェリーが1日2往復、関西ー愛媛間を夜行、愛媛ー大分間を昼行で結んでいた。船舶は「フェリーゴールド」「フェリーパール」「おくどうご6」「おくどうご8」の計4船による配船であった。

値段例 六甲アイランドフェリー埠頭―松山観光港 2等利用時 3,400円


フェリーゴールド
起工 1969年8月6日
進水 1969年11月11日
竣工 1970年1月29日
就航 1970年2月
運航終了 1986年11月
建造所 林兼造船下関造船所

要目
総トン数 3,998トン
載貨重量 1,517トン
全長   117.5 m
幅    20.6 m
深さ   6.1 m
満載喫水 4.2 m
機関方式 ディーゼル
主機関  川崎M.A.N. V8V22/30ATL 4基
推進器  2軸
最大出力 8,080馬力
定格出力 7,280馬力
最大速力 20.7ノット
航海速力 18.3ノット
搭載人員 1016名
旅客定員 966名
乗組員  50名
車両搭載数 トラックおよびバス50台、乗用車100台





加藤汽船(大阪弁天埠頭・神戸中突堤ー土庄東港・高松港)
 加藤汽船が、客船で大阪弁天埠頭、神戸中突堤と小豆島の土庄東港、高松港を結んでいた。所要は8時間。客船による1日1往復の夜行ダイヤである。船舶は「はぴねす2」(2,361総トン)、「ぐれいす」(1,057総トン)の2船による配船であった。2等船室は船倉に近い所に位置し、ぎゅうぎゅう詰めで難民船のような様相を呈していたのを思い出す。

値段例 大阪弁天埠頭―高松港 2等利用時 2,700円


はぴねす2
竣工   1971年(昭和46年)
建造所  内海造船 田熊

要目
総トン数 2,300 トン
全長   84.1 m
幅    13.0 m
型深さ  5.7 m
機関方式 ディーゼル
推進機  2軸
出力   3,000 PS ×2基
航海速力 16.5ノット
船客定員 982名


加藤汽船が入っていた旧弁天埠頭ターミナル。
左隣にあった関西汽船ターミナルは解体済。(2020年撮影)



加藤汽船が入っていた旧弁天埠頭ターミナル。(2020年撮影)



ターミナルを出るとここを通り、桟橋へ歩いていた。現在は先に見える赤い門で閉鎖。
(2020年撮影)


屋根付き通路の弁天埠頭桟橋が見える。既に弁天埠頭を使用する定期船は皆無。
大阪南港、コスモスクエアに完全移転済である。(2020年撮影)





ジャンボフェリー(東神戸青木港ー高松東港)
 加藤汽船と関西汽船により、双胴形フェリーで東神戸青木港と高松東港を結んでいた。所要は4時間10分。フェリーによる1日10往復の終日運航である。船舶は加藤汽船の「こんぴら」「りつりん」、関西汽船の「六甲丸」「生駒丸」の双胴形カーフェリー4船による配船であった。
(本航路は1日4往復と便数を減らしながら現在も健在だ。(神戸港新港第3突堤ー高松東港))

値段例 東神戸青木港―高松東港 2等利用時 2,000円


こんぴら
竣工   1969年(昭和44年)
建造所  日本鋼管 清水
運航終了 1989年

要目
総トン数 2,834 トン
全長   83.5 m
幅    25.0 m
機関方式 ディーゼル
推進機  2軸
航海速力 19.0ノット
船客定員 859名





ニュージャンボフェリー(東神戸青木港ー高松東港)
 四国フェリーと日本海運により、単胴形フェリーで東神戸青木港と高松東港を結んでいた。所要は4時間10分。フェリーによる1日5往復の終日運航である。船舶は四国フェリーの「神戸丸」、日本海運の「神高丸」の単胴形カーフェリー2船による配船であった。

値段例 東神戸青木港―高松東港 2等利用時 2,000円(車との乗船に限る。)


神戸丸
竣工   1982年4月
建造所  讃岐造船鉄工所
運航終了 1991年

要目
総トン数 3,269.71 トン
全長   115.81 m
幅    19.8 m
機関方式 ディーゼル
出力   8200 PS
最高速力 20.33ノット
航海速力 18.5ノット
船客定員 670名
車両積載数:乗用車59台、トラック(8t換算)60台。





徳島高速船(大阪天保山ー徳島港 南沖洲)
 徳島高速船は、共正汽船のグループ企業で、徳島と大阪を結ぶ双胴高速船を運航していた。所要は2時間。1日6往復の昼行ダイヤである。就航船は、「ぶるーすかい」「さんしゃいん」の2船。

値段例 大阪天保山―徳島港(南沖洲)2等利用時 4,400円


ぶるーすかい
総トン数 275 トン
全長   32.8 m
幅    9.2 m
機関方式 ディーゼル
推進機  2軸
航海速力 29ノット
船客定員 195名





阪急汽船(神戸中突堤ー徳島港 末広、神戸中突堤ー鳴門観光港
 阪急汽船は、神戸ー徳島と神戸ー鳴門を結ぶ水中翼船を運航していた。神戸ー徳島が所要1時間45分、乗船料金が4400円、1日4往復の昼行ダイヤであった。神戸ー鳴門は所要1時間30分、乗船料金が3700円、1日2往復の昼行ダイヤであった。就航船は、日立造船の半没形水中翼船PT-50で「ずいほう」「ほうおう」「海王」「ほうしょう」の4船。

値段例 神戸中突堤―徳島港(末広)2等利用時 4,400円


ほうしょう
建造所  日立造船
総トン数 128.04 トン
機関方式 ディーゼル MTU12V331TB 2台
推進機  2軸
航海速力 35ノット
船客定員 123名





小松島フェリー(大阪南港ー小松島港)
 小松島フェリーは、大阪府の大阪南港から徳島県の小松島港を結んでいたフェリー航路で、共同汽船が運航していた。所要は3時間55分。1日2往復の終日運航ダイヤである。就航船は、1983年に新造された大型の「びざん丸」である。

値段例 大阪南港―小松島港 2等利用時 2,000円


びさん丸

起工 1983年6月7日
進水 1983年9月19日
竣工 1983年11月30日
就航 1983年12月
建造所 高知重工業
運航終了 1988年


要目
総トン数 4,097 トン
載貨重量 2,426.57 トン
排水量  6,374.22 トン
全長   123.07 m
垂線間長 111.20 m
型幅   20.00 m
型深さ  6.50/11.40 m
満載喫水 4.917 m
機関方式 ディーゼル
主機関  新潟-SEMT ピルスティク 6PC2-6/6L 2基
推進器  4翼可変ピッチプロペラ 2軸
最大出力 7,600 PS(連続)
定格出力 6,460 PS(常用)
最大速力 19.598 ノット
航海速力 16.00 ノット
航続距離 2,350海里
旅客定員 700名
乗組員  37名
車両搭載数 8トントラック83台、4トントラック10台、乗用車26台


小松島フェリーが発着していた岸壁は、親水エリアとして整備され、何も残っていない。
(2020年撮影)





徳島阪神フェリー(東神戸青木港ー徳島港、大阪南港ー徳島港)
 徳島阪神フェリーは、東神戸青木港、大阪南港と徳島港を結んでいたフェリー航路で、関西汽船、共同汽船、共正汽船の共同運航であった。所要は東神戸航路が3時間10分、大阪南港航路が3時間20分だった。東神戸港ー徳島港が 1日5往復、大阪南港ー徳島港が1日3往復の終日運航であった。就航船は、関西汽船の「おとわ丸」、共同汽船の「あきつ丸」、共正汽船の「おとめ丸」の3隻であった。
(徳島阪神フェリーの徳島港は、南海フェリー徳島港として現在も使用されている。)

値段例 東神戸港―徳島港 2等利用時 1,920円
値段例 大阪南港―徳島港 2等利用時 1,920円


おとめ丸
竣工 1971年9月
運航終了 1998年
建造所 福岡造船

要目
総トン数 2,922.29 トン
全長   101.55 m
型幅   19.2 m
型深さ  6.15 m
満載喫水 4.75 m
機関方式 ディーゼル
推進器  2軸
最大出力 8,000 PS(連続)
最大速力 20.8 ノット
航海速力 18.75 ノット
旅客定員 850名
車両搭載数 C30/T50


東神戸フェリーセンターは、阪神・淡路大震災で被災した後、復旧して運用を再開しましたが、明石海峡大橋の開通により、ここを発着とする航路が減少したために1999年3月閉鎖となりました。跡地はショッピングセンター「サンシャインワーフ神戸」となっています。かつてフェリーが発着していたバースの可動橋や、東西2つ存在した旅客ターミナルのうち西側のものは、現在も残っています。


東神戸フェリーセンター(青木港)の旧西旅客ターミナル。現在は事務所となっている。
(2020年撮影)

神戸フェリーセンターの名前が残る正面入口(2020年撮影)


東神戸フェリーセンター(青木港)の旧西旅客ターミナル(2020年撮影)


可動橋が残る。当日は車のイベントを開催中だった。(2020年撮影)


可動橋が残る。(2020年撮影)


可動橋が残る。(2020年撮影)


東神戸港へのアクセス駅だった阪神青木駅。近年高架化され以前の趣は無い。(2020年撮影)





バンパックフェリー(東神戸青木港ー川之江港ー新居浜港)
四国中央フェリーボートがバンパックフェリーの愛称で、東神戸青木港から愛媛県の川之江港を経由して新居浜港を結ぶフェリー航路を運航していた。所要は7時間20分だった。東神戸港ー川之江港-新居浜港を1日3往復の終日運航を行っていた。就航船は、「かわのえ2」、「にいはま2」の2隻であった。

値段例 東神戸港―川之江港 2等利用時 3,500円
値段例 東神戸港―新居浜港 2等利用時 3,500円


かわのえ2
竣工 1984年
運航終了 1990年

要目
総トン数 3,623 トン
全長   115,61 m





オレンジフェリー(東神戸青木港ー東予港)
四国開発フェリーがオレンジフェリーの愛称で、東神戸青木港から愛媛県の東予港を結ぶフェリー航路を運航していた。所要は7時間20分だった。東神戸港ー東予港を1日3往復の終日運航を行っていた。就航船は、「フェリーおれんじ」、「フェリーおれんじ2」、「ニューおれんじ」の3隻であった。
(本航路は1日2往復と便数を減らしながら現在も健在だ。(大阪南港ー東予港、神戸六甲ー新居浜港))

値段例 東神戸港―東予港 2等利用時 3,500円


ニューおれんじ
起工 1983年6月25日
進水 1983年8月9日
竣工 1983年10月20日
就航 1983年
建造所 今治造船今治工場
運航終了 1999年

要目
総トン数 6,738 トン
載貨重量 2,900.1 トン
排水量  8,973.0 トン(満載)
全長   142.49 m
垂線間長 131.00 m
型幅   23.50 m
型深さ  7.30 m
満載喫水 5.515 m
機関方式 ディーゼル
主機関  IHI SEMT ピルスティク 12PC2-6V 2基
推進器  4翼可変ピッチプロペラ 2軸 バウスラスタ有り
最大出力 15,600 PS
定格出力 14,040 PS
最大速力 22.996ノット
航海速力 19.0ノット
航続距離 5,900海里
旅客定員 550名(臨時定員716名)
乗組員  34名
車両搭載数 12mトラック38台、9mトラック25台、5mトラック31台、乗用車43台




愛媛阪神フェリー、三宝海運(東神戸青木港ー今治港ー松山観光港)
愛媛阪神フェリーと三宝海運が共同運航で、東神戸青木港から今治港を経て、松山観光港を結ぶフェリー航路を運航していた。所要は9時間20分だった。東神戸港ー松山観光港を1日2往復、昼行1往復、夜行1往復の運航を行っていた。就航船は、愛媛阪神フェリーが「おくどおうご3」、三宝海運が「ほわいとさんぽう2」の2隻であった。「ほわいとさんぽう2」は、船内にエスカレータを設置して、当時の瀬戸内航路では常識を外れた豪華な船であった。船体側面に描かれた巨大な鳳凰など外観も印象的であった。 当日、自分が乗る便が、「ほいわとさんぽう2」であるか否か、事前に電話で問い合わせていたのを思い出す。

値段例 東神戸港―松山観光港 2等利用時 4,300円


ほわいとさんぽう2
起工 1980年
進水 1981年
竣工 1981年
就航 1981年6月
建造所 林兼造船
運航終了 2000年7月10日

要目
総トン数 10,181 トン
全長   155.6 m
幅    23.6 m
機関方式 ディーゼル
主機関  2基
推進器  2軸
最大出力 23,400馬力
最大速力 24ノット
航海速力 21.1ノット
旅客定員 1,050名
車両搭載数 8トントラック88台、乗用車52
パブリックスペース 案内所、エントランス、ラウンジ、フェスティバルホール
供食・物販設備  レストラン「グルメ」、割烹「たちばな」、スナック「ナビオ」、クラブ「フェニックス」、売店
入浴設備 展望大浴場
娯楽設備 ゲームコーナー



おくどうご3
起工 1975年
進水 1975年
竣工 1976年
就航 1976年3月
建造所 高知重工業
運航終了 1998年

要目
総トン数 6,972.08 トン
全長   141.7 m
幅    23.5 m
機関方式 ディーゼル
主機関  川崎-MAN 40/54MW ×2基
推進器  2軸
出力   16,000 PS
最大速力 23.08ノット
航海速力 20.05ノット
旅客定員 845名
車両搭載数 8トントラック99台、乗用車48台





大阪高知特急フェリー(大阪南港ー高知港)
大阪高知特急フェリーが、大阪南港から高知港を結ぶフェリー航路を運航していた。1日1往復の夜行ダイヤだった。就航船は、「フェリーなにわ」「フェリーかつら」の2隻であった。

値段例 大阪南港―高知港 2等利用時 4,400円


フェリーなにわ
起工  1971年
進水  1971年
竣工  1971年
就航  1971年12月
運航終了 1990年
建造所 幸陽船渠

要目
総トン数 4,714 トン
全長   120.80 m
幅    20.40 m
機関方式 ディーゼル
主機関  4基
推進器  2軸
出力   8,000 PS
最大速力 19.5ノット
航海速力 17.5ノット
旅客定員 818名
車両搭載数 8トントラック60台、乗用車80台





室戸汽船(東神戸青木港ー甲浦港ー足摺 土佐清水港)
室戸汽船が、東神戸青木港から高知県の甲浦港を経由し、土佐清水港を結ぶフェリー航路を運航していた。所要は約11時間で、1日1往復の運航を行い、下りが夜行、上りが昼行のダイヤだった。就航船は、「フェリーむろと」の1隻であった。

値段例 東神戸港―甲浦港 2等利用時 3,000円


フェリーむろと(2代目)
起工 1972年7月31日
進水 1972年11月22日
竣工 1973年3月23日
就航 1973年3月
建造所 波止浜造船

要目
総トン数 6,114 トン
載貨重量 1,658 kt
全長   118.0 m
垂線間長 106.0 m
型幅   20.4 m
型深さ  12.7 m
喫水   5.72m
満載喫水 5.70 m
機関方式 ディーゼル
主機関  川崎MAN R6V52/55 2基
推進器  4翼可変ピッチプロペラ 2軸
出力   12,000馬力
最大速力 21.8ノット
航海速力 19.0ノット
旅客定員 1,126名
乗組員  71名
車両搭載数 トラック40台、乗用車94台


今も残る甲浦港岸壁。可動橋も健在。しかし、船は来ない。。。(2020年撮影)



可動橋も健在。(2020年撮影)











今も残る甲浦港岸壁。可動橋も健在。(2020年撮影)





南海フェリー(和歌山港ー小松島港)
 南海電鉄グループの南海フェリーは、南海電鉄と国鉄小松島線を連絡する鉄道連絡船として、和歌山港と小松島港を結んでいた。ただし、国鉄小松島線は昭和60年に既に廃止され、徳島側の連絡は路線バスによる小松島港から徳島駅への連絡となっていた。航路所要は2時間20分。フェリーによる1日12往復の終日運航である。船舶は「きい丸」「なると丸」「フェリーわか丸」の3隻体制。
(本航路は1日8往復と便数を減らし、徳島側の港を小松島港から徳島港に変え現在も健在だ。(和歌山港ー徳島港))

値段例 和歌山港―小松島港 2等利用時 1,650円


きい丸
竣工   1964年(昭和39年) 12月
建造所  日立造船 桜島工場
総トン数 1,619トン
全長   73.8m
型幅   12.7m
型深   5.1m
主機関  ディーゼル 3,320PS 2軸
航海速力 14.0ノット
船客定員 800名


かつて南海フェリーが発着していた小松島港の岸壁。
現在は小松島海上保安部の巡視船「よしの」が利用。(2020年撮影)



南海フェリーの乗船用タラップが残る。(2020年撮影)



小松島港前の商店類。建物はかろうじて健在。(2020年撮影)



南海フェリーの看板が残る。(2020年撮影)



国鉄小松島港駅の跡。並木の左が国鉄小松島港駅跡である。この写真の先が小松島港。
小松島港線廃止後、バスターミナルになっていたが、現在それもフェリー航路とともに
完全に無くなった。(2020年撮影)





南海徳島シャトルライン(和歌山港ー徳島港)
 南海徳島シャトルラインは、南海フェリー航路に1983年8月に就航した高速船航路であった。国鉄小松島線廃止に伴い、1985年11月には徳島港発着に変更された。所要時間は1時間15分。双胴形高速船による1日8往復の運航であった。船舶は「マリンホーク」「マリンシャトル」の2隻体制。

値段例 和歌山港―徳島港 2等利用時 3,300円


マリンシャトル
就航 1983年7月18日
引退 1992年12月
建造所 三井造船(玉野)三井スーパーマランCP30

要目
総トン数 283トン
全長   40.90m
幅    10.80m
出力   2,540ps×2基
航海速力 28.5ノット(最大31.15ノット)
旅客定員 280名





徳島フェリー(深日港ー徳島港)
 徳島フェリーは、共同汽船と共正汽船により、大阪府岬町の深日港と徳島港を結んでいた。航路所要時間は2時間30分。フェリーによる1日4往復の終日運航である。船舶は「とくしま丸」の1隻体制。かつては3隻体制11便を誇っていたが1985年に大鳴門橋が開通し、1隻体制に縮小された。

値段例 深日港―徳島港 2等利用時 1,370円


とくしま丸
建造所  三菱重工業 下関
総トン数 1,220トン
全長   69.5m
全幅   14.8m
主機   3,720PS
最高速力 17ノット
























関西方面から 1986年(昭和61年)